FC2ブログ

見極めについて

  • 2013/11/16(土) 12:34:38

自分の想いとは裏腹に、他人に勘違いをされた、ということはよくあることだと思う。


私の意図とは違う、
けっしてそんなつもりではない、
本当はこんな人間ではない、
誤解だ、
など、なかなか理解されないということで不甲斐ない思いをすることがよくあります。


例えば、各種メディア、マスコミがよくやる方法に、

「レッテルを貼る」、
というのがあります。


真意や真相がどうであれ、その人間やその対象を貶めたり、評価評判を下げる狡猾な手段として、
主観的判断で、ペタっと、レッテルを貼るのです。


それを目にしたひとは、あたかもそうであるかのごとく感化されます。


これがメディアの暴力といわれる所以です。


また自分の身近な生活のなかでも、
噂話などを真に受け、きちんと自分なりに吟味せずに安易に流されるように感化される場合があります。
伝染するかのように、その対象や人物に対してのバイアスが簡単にかかるのです。



古くは夏目漱石の時代にもありました。

小説、坊ちゃんのなかで、
陰で他人に変なあだ名などつけるものではない、といっています。
道徳観を説いているのもあるのでしょうが、

裏を返せば、そんなことをすることで簡単に他人を貶めれるし、
また、当人の本意とはべつの、
”ナニモノ”か、にしたて上げてしまうことが可能になるのです。


この手法を狡猾に乱用されてしまえば、そのひとやその対象を簡単に操作してしまえます。


各種メディアはこの手法を使い、一瞬で物事を陳腐化させるための常套手段にしており、
自分の身近なところでも、学校や職場、要は人が集まるところで起こるいざこざのなかで他人より優位に立とうとする心理から、狡猾な手段として相手を貶めるために、
"レッテルを貼る"ことで相手や対象をコントロールしようとすることに用いられたりすることがあります。


大事なのは、簡単に鵜呑みにしてしまわない、読者の読解力なのかもしれません。



スポンサーサイト



この記事に対するトラックバック

この記事のトラックバックURL

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

この記事に対するコメント

コメント投稿

管理者にだけ表示を許可する