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意識することの希薄さについて

  • 2013/11/17(日) 21:37:57

光は360°一気に当たらない。


当たるところがあると、その裏は当たらない。


こういう因果関係が世界には存在してしまい、個々の内側の種々雑多な事柄にも影響させる。


それの集積が歴史であり今日もまた淡々とそれを続けている。



文明は利便性を求め、
利便性が消費に対し蕩尽をよび、
残ったのは、殺伐とした荒野になった。
経済的にはそのツケを払うに至った。


所謂ポストモダンは遠く模倣して、ニヒリズムが帰ってきた。



ひとはそこにとどまれず、どこか遠くへ行きたくなる。



ただ、多くの血が流され、
その犠牲の上に今日が成りっている。
少なくとも時代はそう代弁しているかのようだ。


我々は、結局犠牲者を出さなければ、生きてはいけないのだろうか。


ニヒリスティックな雰囲気が今日の立ち位置ならば、
まだ具体は遠い先なのだろうか。


具体に遠ければ遠いほど、大きな問題も小さな問題も、解決には程遠いだろう。



消費社会は過ぎ去り、資本主義は、
カネでカネを買うところまで来てしまった。


人間がやることとはこんなものなのだろうか。


やはりニヒリスティックな世の中だと感じざるを得ない。


果たして、ひとは何処かへ”向かおう”としているのだろうか?


意思や意識なしでは、なにも得られはしないのではないだろうか。






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