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力のかけ方、抜き方、外し方、 ところで…

  • 2013/11/29(金) 22:41:47




ひとは、意味がない、意味がなかった、というのを恐れる。

無価値を恐れる。





自分が対象にかけた時間が徒労に終わり、不毛な思いをするのを、想像することさえ恐れる。





ボクサーは、相手に打たれたときより、
渾身のパンチが空を切ったときのほうがダメージが大きいという。








それを恐れるかのように、対象に対して執着する。またしようとする。


執着のなかでとてつもない葛藤やエネルギーの痕跡が張り付く。


執着は密着の状態。
執着のつよさは、固執を生む。











執着から少しでも離れてみる。


少し空間ができる。
空間は猶予である。




まわりみちをすることもできる。





ところで、どのみちがまわりみちであって、どのみちがまわりみちでない主要なみちであるか、だれにわかるだろう?




ひとはなにかの周りを周り続けるのではないだろうか。



周りみちの”先”へ急げど、
はたしてだれにその土地の住所がわかるだろう?






場合によっては、まわりみちが問題に対し有益に働き得る。
また、まわりみち”こそが”、功を奏するに至る過程になり得る。

まわりみちは気晴らしの類や悠長なことばかりでもない。





まわりみちは無駄ではなく、
無意味でもない。
また、無価値でも不毛でもないはずだ。



風が常に、一直線からしか吹いてこないことがないように。


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