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問題解決の方法

  • 2013/12/04(水) 10:09:58

ヒエラルキーのかなり上のほうに位置しない、普通の一般人は、
”やりたいこと”より、
”やらなければいけないこと”の、どうしても通らなければいけない道がある。



つまりは、実践的である必要がある。



形而上的発想、思考、論理形態のみであっては、
実生活の大きな部分が欠ける。



この場合とかくそれは時間を指す。
お金もそうだが、お金は時間のなかに包含されてるとみていいのではないか。



なにをするにも、考えるにも必ず時間が消費される。




時間はイコール命のことであり、
この世に時間と健康以上に大事なものは見当たらない。




あとは、それの、”使い方”ということになる。



そこらへんから、ひとの”方法”に対する試行錯誤、アプローチが始まる。



しかし方法に取り込まれすぎると物事が抽象化しやすく、宙にも浮きやすくなる場合がある。



常に地に足をつけていようと思えば現実の場での実践感が伴わなければ、自身の内側の乖離の差異が膨らむ。



自分の、社会のなかでの置かれてる状況によって、やらなければいけないことが各々違う。





ひとは無理をしたり取り繕ったりしてみても、
それがあまりに不似合いな場合、
必ずといっていいほどに、
”お里が知れてくる”。







実践の場は問題だらけ、問題のカタマリのようなものだ。


結局それに対してどうするのか、という避けては通れない必然が条件に絡んでくる。


問題を問題のままにしておかず、
またあまりに抽象化しすぎたり分解しすぎたりして、なにか違うところに着地させたり、行き着くことばかりで、
結局どう解決するのか、というのが実践的に必要な事柄、現実の場で実体的に要求されることではないか。




アタマだけでも、また理論だけでもいけないという話ですが、

とても難しいことだと感じます。。

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